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手のひらの中の奇跡 -恭也視点 第四話-

 ―4月11日―

 恭也視点 第四話










 俺は食堂へと足を進めている。
 佐藤との会話にかまけ、月村には悪いことをしてしまった。
 階段を一段飛ばしで駆け下りる。


 ――俺のこの力……役に立つ時が来たのだろうか。


 階段を一番下まで下りたところで、俺は右手をぎゅっと握り締めた。
 できることならこの力、振るいたくないものだが――そう思い、食堂の方向に目を向けたときだった。
 俺の目の先には槙原先生の姿があった。
 彼女の方も俺に気づくと、ゆっくりとこちらにやってきて、笑みを浮かべた。


「確か、高町くんだったかな」

「はい」


 槙原先生は胸元からタバコと携帯灰皿を取り出した。


「少し時間いいかな。君と話しておきたい事があってね」

「――俺と……ですか?」

「あぁ、そうだ――と、失礼するよ。これがないとどうも駄目でね」


 彼女はタバコを口にくわえると、どこから取り出したのかライターを手に持ち火をつけた。
 思わず彼女のその動作に何故か俺は見惚れていた。


 ――何を考えている。相手は教師だぞ。


 俺は高鳴る胸を押さえつけるように薄く深呼吸した。
 その間、槙原先生はタバコをゆっくりと楽しんでいた。


「さて、あんまり時間をとらせるのも可哀想だ。手短に話すよ」


 槙原先生は右手のタバコで俺を指し、残った左手は右手のひじのところにある。


「最近、この学校では原因不明の病気が流行っているそうだが。かく言う私もそれが理由でここに来た訳なんだけど……君、何か気づいていないか?」

「―――ッ」


 彼女は表情を一変させ、鋭い目つきで俺を見据えてそう言った。
 俺は不覚にもそれに反応してしまった。


「そうか、結構。今の君のリアクションで大体わかった。なら改めて君に説明する必要はないと思うが――アレは病気ではない。何者かが引き起こしている犯罪だ」


 俺は彼女の美しすぎる顔が怖いと感じてしまった。
 一度怖いと思えば、それはたいした事でなくても悪鬼羅刹の類となり俺を襲う。
 そして俺は考える。
 何故この人はこうも気づいているのだ、たまたまここに配属されたのではないのか、と。
 俺は最低限のプライドを保つ為に、こう言った。


「それを俺に話して、どうされるつもりですか?」


 声の震えを必死で抑えるが、完全に抑えきれた訳ではない。
 足も小刻みに震えている。


「いや? 特に何かをしようという訳じゃない。少し君の反応を見ておきたかっただけだよ。君は中々に面白い人間のようだ」


 槙原先生は、少し怖い笑みを浮かべた。


「これから先が楽しみだ」


 俺はその笑顔に魅了されると共に、恐怖を感じた。
 何故だかわからないが、彼女には俺の力を持ってしても敵わないと思わせる何かがあった。
 それがわからない限り……俺はこの場を動く事はできなかった。


「ハハ、そう怯えなくてもいい。悲しくなるじゃないか。別にとって食おうって訳じゃない。まぁ、今日は君と話せてよかった。では、また授業で。See you」


 槙原先生は俺の横を通り過ぎ、そのまま歩き去っていった。
 俺は彼女の気配が消えるまで、その場から一歩も動く事はできなかった。










 流れる教師の言葉を左から右へと聴きながす。
 先ほどの槙原先生との会話を頭に思い浮かべる。
 確かに俺は彼女に恐怖した。だが、よくよく考えてみれば俺の思い違いではなかろうか。
 俺が勘違いしただけで、会話の内容自体はごくごくありふれた会話ではなかっただろうか。


 ――そうだ、そうに違いない。


 俺は隣の席に目をやった。
 すると隣の月村がこちらの視線に気がつき、にっこりと笑った。
 俺はそれに目を伏せることで返事をすると、再び自らの考えに没頭する事にした。

 佐藤が言うには、この事件には確実に犯人が居るという。
 単独犯か、複数犯か――そこまでは俺には推測できない。ただ、常に最悪の状況を考えておけ、という戦術通り俺は複数犯だという予定で動くのみだ。
 最終的な推理は佐藤に任せておけば良いが、俺自身自分なりの結論を頭の中で作っておかねばならないだろう。
 でなければ、笑われてしまう。

 手元のシャーペンを数回ノックする。
 出てきた芯を机に押し付け、再び中に戻す。


 ――もう一度、佐藤や赤星と話をしておく必要があるな。


 今の情報量では推測すらできやしない。
 俺はそう思うと、机に伏せ、夢の中に向かう事にした。


 ――できる事なら月村は巻き込みたくないものだが……


 少し心の中で抱いている不安に答えるようにそう思うと、俺は聞こえてくる声を子守歌に、眠りについた。
 それが、都合の良い希望だということも――最初からわかっていたのだ。











 そして、放課後になった。
 赤星に話しかけようと思い、赤星の方を見ると、赤星は竹刀を持ち、立ち上がっている所だった。
 なるほど、赤星はこれから部活だろうから、話に誘うのは悪い。となると、佐藤の方か。
 そう思い、俺は佐藤のいる教室に向かう事にした。

 カバンを持ち、立ち上がる。すると、隣の席の月村が話しかけてきた。


「あ、高町くん。また明日ね」

「あぁ、また明日」


 俺は微笑みながら言う忍に同じ挨拶を返すと、教室の外に向かって歩き始めた。
 佐藤に聞きたい事はいくつかある、そう思いながら俺はカバンを肩に担ぐ。
 そして、俺は外まで出たところで重要な事に気がついた。


 ――佐藤の教室……どこだ?


 交友関係の少ない俺には、近くの教室から総当りするしか方法は無かった。










 そうして、一つ一つ教室を当たっていった所、三番目の3-Dの教室で今まさに帰る用意をしている佐藤の姿を発見した。
 一応、礼儀として教室に入る前に一言断りを入れ、教室の中に入っていった。
 すると、佐藤は俺の声に気づいたのか、こちらの方を振り返ると、途端に嬉しそうな顔をした。


「どうしたんだ? 高町くん」

「いや、少し例のことについて聴いておきたい事があってな」

「そうか、じゃあ少し待ってくれ。ここで話してもいいが、折角だから生徒会室へ行こう。あそこならば、邪魔な人間もいない」

「――了解した」


 少し待つと、佐藤は言葉どおり帰る用意を済ませたようだ。
 そして、俺は佐藤と一緒に生徒会室へと向かう事となった。


 ――俺には無縁の場所だと思っていたのだがな。


 こんなカタチで入る事になるとは、思いもよらなかった。
 人生短いながらも、色々な事があるものだ。

 そうして、俺たちは軽い世間話をしていると、数分後目的の場所へとたどり着いた。
 佐藤はポケットの中から鍵を取り出すと、それを使って扉の鍵を開けようとした。だが、鍵を回しても扉の開く気配がなかった。という事は。


「中に誰か入っているようだね。おそらくは、山根さんか中山くんかな」


 そう言うと、佐藤は改めて鍵を開けなおし、扉を開いた。
 中には制服から考えて二年生の女の子が座って、何か作業をしているようだった。
 腰ほどまで届く黒髪と少し釣り上がった目が特徴のようだ。
 彼女は俺たちを見とめ、立ち上がり俺たちの方に近寄ってきた。
 立ち上がって初めてわかったが、どうやら彼女は百七十センチを越えているのではないだろうか。


「あ、会長。お疲れ様です。来週の委員会の書類をまとめておきました」

「ご苦労様。アレだったら少し休憩しないかい。今日は彼と例の話をしようと思って」


 おそらく山根さんという名前の子が俺の方を興味深そうな目で見ている。
 やがて納得したような顔をすると、俺の前に進み出て礼儀正しく頭を下げた。


「初めまして、山根と申します。ここ生徒会では副会長を務めております。高町さんですね? お噂はかねがね」

「――よろしく。ところで、噂というのは何だ?」

「知らぬ方が良い、という噂もあるものです」

「――――」


 俺らの問答を見て、佐藤が笑っている。
 佐藤の方に視線を向けると、両手を前に出して首を左右に振った。


「ま、取り敢えずそこに座るといい。山根さん、お茶頼めるかい?」

「――ご自分でご用意ください、と言いたいところですが、今日は特別です。少しお待ちください」

「いや、お構いなく」

「まぁまぁ、高町くん。お客は甘えるもんだよ」


 山根さんは俺の方に笑顔を向けると、そのまま部屋の隅にあるポットのところに向かった。
 彼女の好意に感謝し、俺は机の向かい側に座る佐藤に視線を向けるのだった。


「佐藤、先程言ったように少し聞いておきたい事があるのだが」

「あぁ、聴こう。彼女の事は気にしなくていい。彼女も協力者だ」

「――なるほど」


 俺は目を閉じ、心の中で質問する事項をまとめる。
 おもに聴きたいことは彼女の事についてだ。俺よりも頭のいいこの男ならば、何かいい意見でも出してくれるかもしれない。
 そう思い、俺は目を開け、口を開くのだった。


「今日来た臨時講師……槙原先生の事なんだが」

「おや、意外な名前が出たね。で、どうしたんだい? 俺も昼休みの通り、彼女の事を良く知る訳じゃないが」

「少し意見を聞こうと思ってな」


 タイミングよく山根さんの手によりお茶が配られる。
 俺はそれに会釈で返し、お茶を一口すすった。


「お前と話したすぐ後の事なんだが……槙原先生にあってな。聴かれたんだ。事件の事を」

「――ほう」


 佐藤の目がまじめなものに変わる。


「彼女は言っていた。これは事件だ。誰かがこの事件を引き起こしている、と」

「――――」

「どうやら彼女は何かを調べているようだが、どうだろう。お前の意見は?」

「――――」


 佐藤はお茶を手に取ると、ゆっくりとそれをすする。
 たっぷり十数秒の沈黙の時が流れる。
 そして、佐藤は口を開いた。


「それを聴いた時、高町くんはどのような印象を持った? 俺はそれが全てを物語っていると思う」

「――俺が感じた印象」


 俺が感じたのは、美しすぎる彼女に対しての恐怖だった。
 心はそれを佐藤に話すべきだ、と言っている。だが、つまらない自制心が俺を押しとどめた。


「まぁ、それとは無関係に俺の意見を言わせてもらえるなら――槙原先生は、警察関係、もしくは何か諜報機関に所属している人なのではないか、と思う。この事件、もしかすると俺が考えている以上に大変な事態なのかもしれない」

「――大変な事態」

「そうだ。もしかすると、警察は俺らの知らない何か大切なことを握っているのかもしれない。流石に俺たちのような学生じゃ到達し得ない何か大切な事態を、だ。そうだな……山根さん、何か感じた事はないかい?」


 佐藤の質問に、山根さんは思案するように視線を上げる。
 そして、何かを思いついたのか、俺たちの方に視線を戻した。


「私は槙原先生と言う方が、何故高町さんにその事を喋ったのか、が気になります。極秘捜査な訳でしょう? それを簡単話す、と言うことは何かそこに理由があるはずです」


 彼女の発言に、俺たちはそろって頷く。
 そうだ、つまりそう言う事になる。
 何で彼女は俺にその事を話したのか、と。


「そうだね。山根さんの言う通りだ。何故彼女は高町くんに喋ったのか。これは重要な事だと俺は思う。そうだな……俺の方から彼女に接触してみよう。こういう役は高町くんには不向きみたいだろうからな」

「そうしてくれると助かる。不器用な男だからな、俺は」

「なに。君には他に取り得がある。そちらで働いてもらうさ。山根くん。じゃあ、行こうか。今からでも接触できるならできるに越した事はない」

「そうですね。行きましょう」


 佐藤と山根さんは同時に立ち上がる。
 俺はそれを見て、残りの茶を一気にすすり、立ち上がる。


「悪いな、二人とも。世話になりっぱなしだ」

「気にするな。じゃ、俺たちはこれから槙原先生を探しに行くから、高町くんは帰るといい」

「あぁ、後は頼む」


 俺たちは揃って生徒会室を出、そこで俺は二人と別れることになった。
 最後に山根さんに一言茶の事で礼をいい、俺は帰宅する事にした。


 ――リスティ槙原……彼女は一体何者なのだろうか。


 俺は考える。
 夕暮れの帳の中、真っ赤な廊下は長く……俺の今の心境を表しているようだった。











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――あとがき――

 恭也視点 第四話いかがでしたでしょうか。
 今回の話は、わかっていても言えないもどかしさ、そんなものを感じてくれたら嬉しいですね。

 前回の感想をくれた方々、ありがとうございました。
 これからの参考にさせて頂きます。

 では、次のSSでお会いしましょう。
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  1. 2005/11/13(日) 01:33:30|
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