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手のひらの中の奇跡 -恭也視点 第六話-

 ―4月12日―

 恭也視点 第六話










 机の上の物を鞄の中に詰め込む。周りを見渡すと同じように帰る用意をしている者や、授業終了の疲れを癒すように背伸びをしている者もいる。


 ――今日は収穫があった。槙原先生が警戒すべき人でなくて安心だ。


 自然と自分の顔が穏やかになっているのを感じる。何故か俺は彼女が犯人でなかった事に喜びを覚えているようだ。
 机の中を覗き込み、もう何も忘れ物が無いことを確認する。
 赤星の方に目をやると、ヤツも同じく帰る用意が整ったところ――もっとも赤星はこの後部活があるので一緒に帰ることはできない訳だが――のようだ。赤星の方も同じようなことを考えたのか、俺の方を見ると、また明日、と挨拶をくれて教室を出て行った。
 爽やかな笑顔を張り付かせて部活に向かう様はなんとも赤星らしく、つい先程まで沈んでいただけにうれしく思う――やはり赤星はこうでなくてはな、と。

 そして、もう一人隣の席にいる友人はというと、ようやく眠りの世界から目覚めたようで、眠そうな目を瞬かせて背伸びをしているところだった。
 そんな月村に何時ものように別れの挨拶を言って帰ろうとも思ったが、何故か今日は持ち上げようとした鞄を手から離して彼女に話しかけることにした。


「眠そうだな」

「うん、昨日ちょっと徹夜しちゃってね」

 眠そうな声で月村はそう答える。


「徹夜するのは勝手だが、ほどほどにしておけよ。寝てばかりいると勉強に差し支える」

「それを高町くんから言われたくないなぁ。まだ先だけど、今度の中間勝負してみる?」

「――それはやめておこう」


 戦う前に逃げるのは俺の信条に反するが……勉強ばかりは事情が異なる。もしそんな約束をすれば授業中常に起きておかねばならず、勉強漬けになってしまう。それだけは避けたい。
 俺の答えを聞いて、ケラケラと笑う月村の頭を軽く小突いた。そして鞄を持って立ち上がった。


「そろそろ帰らないか? あまり遅くなると面倒だ」

「あぁ、そうだね。たまには門のところまで一緒に行こうか」


 俺は頷き、月村の帰る用意が済むのを待ち、一緒に教室を出た。
 こうして二人で歩いていると昼休みの時にも感じた、何か穏やかな空気が流れる。この空気はやはり今まで学校に通っていて、一度も感じたことのないモノだった。
 何を語るでもなく、ただ肩を並べて歩いているだけなのだが、自然と二人の間で笑みがこぼれる。そんな空気を俺は心地よいとすら感じていた。

 昇降口まで辿り着き、お互いそれぞれの下駄箱から靴を取り出し履き替える。後はここから正門までの距離だ。


「そういえば高町くんて、赤星くんと付き合い長いんだね」

「あぁ、奴とは中学時代からの腐れ縁だ。そして何故かずっと今日まで同じクラスだった」

「ふふ、何かいいね。そういうのって。私は友達ずっといなかったからなぁ……そんな経験したくてもできなかった」


 開いた下駄箱のふたを閉めながら、月村はそう言った。


「それなら大丈夫だ」


 月村が下駄箱に手をかけながら驚いた顔をこちらに見せる。
 俺は自分の顔を見られるのが嫌で、月村の横を通り過ぎ扉のところで立ち止まった。


「同じクラス、というのは無理かもしれないが……友達という部分なら、これがそうじゃないのか?」

「―――ッ」


 言った途端自分の頬が熱くなるのを感じる。早く何か反応してくれないだろうか、でないと余計に辛い、そう思った時だった。


「――うん。そうだね……まだ遅くないんだよね」


 先程の沈んだ声と比べて幾分か明るくなった声でそう返してくれた。


「あぁ、だから早く帰らないか? 今日は終わるが明日からも同じ日々がやってくる」

「うん、そうだね」


 月村がこちらに一歩一歩こちらに歩いてくる気配を感じる。それに合わせて俺は少しばかり遅い速度で前に足を踏み出した。


「―――ッ!?」

「じゃ、帰ろっか。高町くん」


 月村は俺の右腕に自身の左腕を通し、俺を少し引っ張りながら前に歩いていく。俗に言う、腕を組んだ状態だった。


「ほらほら。早く早く」


 先程よりも更に頬が熱くなっているのを感じる。だが、傍らの月村の笑顔を見るとこれを無理矢理解く訳にもいかなかった。幸いピークを逃れており、周りの下校生徒の数は余り多くない。俺はそれを確認すると、この状況を諦めて月村に付き合うことにした。恥ずかしいことには変わりない訳であるが。


「月村? 腕を組むのは別に構わんのだが、もう少し離れてくれないと歩きづらくて仕方ない」

「忍ちゃんは別に歩きづらいなんて事はないから大丈夫」


 俺はこの状況の改善を諦めることにした。正門まではさほど遠くない。俺の心臓はますます高鳴る一方だが、オーバーヒートする心配はせずに済みそうだ。
 傍らにいる月村は実に楽しそうに歩いている。俺はその顔を見て思う――まぁ、こういうのもたまにはいいか。

 やがて俺たちは正門へと辿り着いた。月村は名残惜しそうに俺の手を離した。


「ここまでだね。わたしはこっちだから……それじゃ、また明日」

「あぁ」


 片手を挙げながらそう言うと、月村は俺とは反対方向に半ば駆け足気味に向かっていった。そして月村の姿が角の向こうに消えたのを見て、俺は反転し家へと帰ることにした。
 数歩足を踏み出したところで俺は強烈な違和感に襲われた。


 ――なんだ……? 何故か今こちらに進むと後悔しそうな……そんな予感がしてならない。


 背後を振り返ると、そこには下校途中の生徒の姿をちらほら見かける。


 ――俺の気のせいなのだろうか。


 俺の見た風景は普段通り、風芽丘の下校風景に他ならない。やはり違和感はただの気のせいだったのだろう、と結論付け、帰ろうと後ろに振り返ろうとした時だった。


 ――え……? もしかして……


 違和感の正体に気付き、再び月村の帰った方向に再び視線を送ると、その予感はやはり正しかったのだ、とわかった。


 ――月村の帰った方向に向かう生徒が一人もいない……?


 普段なら見過ごすべきことなのだろうが、今日に限って何故かそれがとても重要なことに思えた。俺は自分の予感が間違いだったことを確かめる為に、月村が曲がった角まで一気に駆け抜け、曲がり角の先を凝視した。
 そこには……


「月村ァッ!!」


 二十メートル先で月村がぐったりした様子で黒いスーツを着た男たちに車に詰め込まれているところだった。
 景色がモノクロに変わり、全身の毛がまるで逆立っているような感覚に襲われる。俺はその世界の中をゆっくりと前に駆け出す。空を飛ぶツバメはゆっくりと少しずつ前へ前へと進んでいる。俺はそれより少しばかり早い速度で月村の下へと急いだ。


 ――クッ……間に合えぇ!!


 だが、男たちは全員車に乗り込んでしまう。距離は後半分。


 ――間に合うか! 間に合え、間に合え、間に合えぇ!!


 膝が軋むが構わず前に足を進める。少しずつ世界は色を取り戻し始める。そして、車の扉が閉められた。


「―――ッ」


 俺は間に合わないと悟り、飛針を投げつける。しかし、何かコーティングでもしているのか、それらは後輪に弾かれた。
 そして世界が色を完全に取り戻した時、車は今までのスローモーションな世界が嘘のようにあっという間に走り去ってしまった。
 俺は痛む膝をも構わずに全力で走り続けるものの、車の速さには勝てるはずもなく、やがて車の背すら見えない距離まで離されることになった。


 ――俺は……俺は……


 やがて追いかけることも諦め、俺は動かし続けていた足の動きを止めた。まるで今の状況を掴む事ができないが……俺は彼女を守ることができなかったのだ。


「―― 一体、奴らは何故月村を」


 月村が襲われた理由について考えてみようとするが、そんなことをしても月村がさらわれたことには変わりない。
 両手を堅く握り締める。それが限界を超えようと関係ない。それは俺に対する罰ならば軽いものであろう。


「――間に合わなかったか」


 背後から聞き覚えのある声が聞こえてきた。振り返ってみると、やはりそこには槙原先生の姿があった。


「槙原先生?」

「いや、すまない。まさかボクのクラスから犠牲者を出してしまうとは……これはボクの責任だ」

「いえ……気付けなかった俺の責任です。すぐ近くにいるのに……俺は月村を助けることができなかった」


 槙原先生は俺の言葉を聞くと、タバコを取り出しそれに火をつけた。


「君が気に病むことはない。これは私の勘だがね。おそらく彼女を助けることはできる」

「――というと?」

「本来ならば部外者を巻き込むようなことはしたくないんだが……今の君の動きを見る限り、足手まといになることはなさそうだ。それに、今は協力者が欲しかったところでね……どうだい? ボクの手伝いをしてくれないか?」


 槙原先生は暗に協力しないと詳しいことは話せない、と言っているようだ。佐藤の調査では槙原先生は警察機関に協力している人だ、とのこと。ならば彼女についていけば月村の居場所を知ることができるのではないだろうか。


「一晩、考えさせてもらってよろしいでしょうか?」

「あぁ、気の済むまで考えてもらって構わないよ。ボクの素性はおそらく察しが付いているだろうから敢えて言うことはしない。ま、それも含めてYesと答えてくれればその時に教えるさ。じゃ、今日は気を付けて帰りな。ボクはもう少し仕事があるからね」


 それだけ言うと、彼女は背を向けて学校の方に戻って行った。
 先生には、一晩考えさせてくれ、と答えたが、俺の答えはすでに決まっているも同然だった。後は心の整理だけだ。今のこの心の荒れ様では俺自身に対しても、俺の剣に対しても失礼にあたる。

 俺は一つため息をつき、大空を見上げた。遠く西の空ではすでに赤く染まっていて、それがまるで月村を暗示しているようで、それを見続けることは俺にはできなかった。












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 ――あとがき――

 恭也視点第六話いかがでしたでしょうか?
 今年最後の更新ということで、どうしても今日までに更新したくて帰省先から更新してみましたが、どこか荒いところがないか心配です。

 前回いただいた感想&助言に関してはとてもありがたいもので、参考にさせてもらってます。これからも同様に助言等をしてくれると嬉しい限り。
 では皆様、良いお年を。
 来年、次のSSでお会いしましょう。
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  1. 2005/12/31(土) 19:29:55|
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