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手のひらの中の奇跡 -恭也視点 第七話-

 ―4月13日―

 恭也視点 第七話










「――いただきます」


 もう少し寝ていたいだろうに、朝早くから起きて何時も朝食を作ってくれる晶とレンに心の中で礼を言い、俺はふんわりとした玉子焼きに箸を伸ばした。玉子焼きの端を少し切り取ると、外から見たとおりのふんわりとした香りと湯気が断面から沸き立った。
 俺は少し笑うとそれを口の中に放り込んだ。予想よりも美味しい出来に、俺は少し感嘆した。


「ほう……」

「……師匠?」


 俺のリアクションに少し不安そうな顔で晶が問いかけてきた――なるほど、やはりこの玉子焼きは晶が作ったんだな。


「腕を上げたな」

「やった!」


 俺の言葉に晶は拳を握り締めてガッツポーズをした。


「恭也の言う通りよ。晶ちゃん、上達したわね」

「うん。おいしーよ。晶ちゃん」

「はは……そんなに褒められると照れちゃうな」


 そして何時ものようにそんな晶にレンの悪口が飛び、何時ものように二人のケンカが始まる。そして何時ものようにしばらく続いたそのケンカはなのはの一喝で収まる――そう……何時ものように今日この一日が始まった。俺を渦巻く日常は何時ものように時計の針を進めていく。
 だが、俺は何時もの日常に溶け込むようなことなど到底できそうになかった。


 ――月村……


 緩やかな時の流れに逆らってまで俺は駆け抜けるも、月村には後一歩届かなかった。俺はその場で一番近くに居た月村を守ることができなかった。
 人は失ってから初めて気づく事がある。俺は月村に……


「うっせーな、カメ。じゃあ勝負すっか?」

「じょーとーやないか。うちがおさるに負けるわけあらへん」


 収まったはずの二人のケンカが何かをきっかけに再び勃発する。これも何時もの日常である。


 ――槙原先生に協力すれば月村を助けることができるのではないか。


 あの先生の実力自体は俺の目からでは一般人より少し秀でているだけにしか見えない。確か山根さんがHGSとか言っていたが、それが彼女の腕に関係しているのだろう。何か特殊技能の類なのであろうか。それならば協力する価値はある。ここで槙原先生の言葉を断っても何も得は生まれぬ。


 ――そう。結局は彼女の要請を受け入れる他、俺には存在しないのだ。


 最初から選択肢など無かった事に気づいた俺は自らをごまかすように何時もより熱めのお茶を手に取り、ゆっくりと喉に流し込んだ。その時、やっとかーさんの視線が俺に向けられていることに気がついた。


「恭也? なにかあったの?」


 他の誰も気づかなかった事をあっさりと見抜いたその眼力。やはり親というものはたいしたものだ、と改めて考えさせられる。
 俺はかーさんになるべく心配をかけぬよう、何時ものように無表情な顔――何時もやっている事だ、問題ない――でお茶を一口すすった。


「少し寝覚めの悪い夢を見て……ただそれだけだよ」

「そう。ならいいんだけど」


 おそらくこれが嘘だとは見抜いているのだろう。しかし、かーさんは納得をした振りをしてくれた。この人には一生頭が上がらないな。


「恭ちゃんが夢でうなされるなんて、珍しい事もあるもんだね」

「み、美由希ちゃん……?」

「ん? 晶どうしたの?」


 馬鹿弟子は己の失態に全く気がついていない。優しい晶の心遣いも水の泡である。


「――つまらん事を言っている暇があったら、さっさと飯を食え」

「え、え? 恭ちゃん、ちょっと怒ってない? どして?」


 察しの悪い馬鹿弟子を持つと苦労をする。今夜の訓練は少しハードにすることに決まった。
 俺は残りのご飯を全てたいらげ、お茶で流し込んだ。


「ご馳走様。今日も美味かった」

「あ、お粗末様です」


 椅子を引いて立ち上がり、鞄を取りに自分の部屋に向かうことにした。


「あ、恭ちゃん。ちょっと待ってよ」

「待たん。遅刻ならば一人で味わうんだな」


 俺へちょっかいを出したせいで全く飯が進んでいない美由希を無視し、俺はその場から立ち去った。背後から美由希の泣きそうな声と、なのはのごちそうさま、と言う声が俺の耳に届いてきたことに俺はため息をつかざるを得なかった。











 何時もの風景がどこか色褪せて見える。おそらくは気分的な問題なのだろうが、わかっていても憂鬱なのは変わらない。何時ものように俺は教室の扉を開けた。
 中には数名のクラスメイトがいて、その中に赤星も含まれていた。赤星は入ってきた俺に気がついていないのか、自分の席でじっとうなだれたままだった。俺は赤星の姿を少し不思議に感じたが、その原因にすぐ思い当たり自分の席に向かった。自分の席に鞄を置き、俺は赤星の席に近づいた。近くまで寄ったところでようやく俺に気がついたらしく、何時もより冴えない笑顔で挨拶をしてきた。


「よう、高町。今日は早いんだな」

「あぁ」


 赤星と目が合ったまま数秒間の沈黙が訪れた。やはり赤星は月村のことを知っているのだ。


「――職員室に行って来る」

「あぁ……そうか。遅刻しないようにな」

「心得た」


 その言葉だけで俺たちの間では十分だった。お互いに昨日の出来事は知っている、と言う意見交換ができたのだ。もしかすると俺が職員室に行く理由も感づいているのかもしれない。


 ――なるべくなら、赤星を巻き込まないように……


 職員室へと向かう足を止める。事件を知っている赤星を俺の決心に巻き込まないようにする。これは少し骨のいる作業だ。そこそこ付き合いの長い奴だ。下手をすれば俺のやらんとしている事に感づいているのかもしれない。これは難しい……月村の事だけでなく、周りの事まで考えねばならない。これは思ったより大変なことだ。
 俺は再び職員室へ足を進めることにした。










 職員室の前は今出勤してきた教師や日誌を取りに来た生徒で群れていた。俺は少しその状況に足を止めるも、すぐに思い直し、日誌を取りに来た下級生の子が出てくるのを見計らって職員室の扉を潜り抜けた。
 中は何時ものように教師の姿が沢山あって、どこか居心地の悪い雰囲気も何時も通りだった。俺は辺りを見渡し、槙原先生の姿を探す。おそらくは三年の先生たちの集まる机の一角だろう、と当たりをつけ、そこを探してみると案の定、元々沢田先生が居た机に槙原先生が座っていた。槙原先生は椅子にもたれながら何か書類のようなものを難しい顔で見ていた。少し内容が気になったが、尋ねてもおそらく教えてくれそうにもないのでつとめて気にしない事にした。
 そして、俺は一つ会釈をしてから槙原先生の下へ近づいた。


「槙原先生」

「ん? お、高町くんか。ボクを尋ねてきたってことは、昨日のことだね?」

「はい」


 槙原先生は俺の出した結論をまるで見抜いているかのような笑顔を俺に見せた。


「さて、ここじゃその話はマズいな。ちょっと表に行こうか」


 そう言うと槙原先生は椅子から立ち上がり、俺を首でついて来いと促した。俺は当然それに逆らうはずもなく、槙原先生の後に着いて行くことにした。













「よし、ここならば誰に聞かれる心配もない」


 槙原先生は俺を校舎裏へと案内した。少し肌寒い感じのする場所だが、こういう話をするにはもってこいの場所だ。


「で、結局高町くんはどうするつもりだい?」

「それはもう槙原先生にはわかっている事ではないですか?」

「Yes。勿論それは君がボクのところに来た時から気づいていた事だ。でもボクはそれを君の口から聞きたいんだよ」


 彼女は腕を軽く組み、俺を促すような綺麗な笑みを浮かべた。


「わかりました」


 ゆるやかな風が吹く。その風は木々を揺らし、俺たちの髪の毛もさわさわと揺らしてくれる。それはこれからの俺にとって、少し暖かなものに感じられた。少し不謹慎だと自分でも思うものの、槙原先生の前に立つと自分の心が癒されていくように……


「俺はあなたに協力します。この手で月村を助けねば俺は一生後悔すると思うから」

「Yes。いい返事だ。では協力して行こう」


 槙原先生は頭に手を当て、俺に対して一つウィンクをした。やはり俺が出す答えを見抜いていたのだ。


「そうだね。犯人を捕まえる段取りは後にして、まず君に言っておきたい事がある」

「――言っておきたいこと?」

「あぁ、そうだ。これから協力する上で面倒なことはなるべく排除しておきたい。つまりだね、ボクは君の事をこれから恭也と呼ぶ。だから君もボクの事をそんな堅苦しい呼び方じゃなくリスティと呼ぶように」

「あ、いや、それは」


 年上の教師に向かって呼び捨てにしろと言うのは流石に無茶を言う、俺はその時そんな当然のことを思っていた。


「何か文句でもあるのかい?」

「いや、俺自身が呼び捨てにされるのは全く問題ないのですが……俺が槙原先生を呼び捨てにすると言うのは」

「ボクが構わないって言ってるだろう? ほら、呼び捨てで呼んでみてくれよ、恭也」

「いや……その……」


 笑みを浮かべた槙原先生が俺の顔を覗き込むように下から見る。俺は自然とのけぞるような格好になる。


「ほらほら」


 実に楽しそうな笑みを浮かべて槙原先生は俺を促す。


「で、では。リスティ……さん」

「む。まぁ、いいか。一歩先に進んだと思えば上等だ」


 楽しそうな笑みを仏頂面に変えてリスティさんはそんな事を言った。


「で、ですね。月村を助ける上の作戦などは?」


 その瞬間、周りの空気が張り詰めた。リスティさんの顔が先程の仏頂面ではなく、かなり真面目な顔へと変わっていた。


「恭也。これから作戦について説明をするけど、もう一つ君に言っておきたい事がある」

「もう一つ?」


 リスティさんは俺に対して背を向けるような格好で空を見上げた。これから紡ぎ出される言葉をなるべくなら言いたくない、と表しているかのように。


「――君は人を殺した事はあるかい?」


 俺は一瞬彼女が何を言っているのかが、理解できていなかった。












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――あとがき――
 恭也編第7話、いかがでしたでしょうか?
 ようやく本来の呼び方に持っていく事ができました。今まで皆さん呼び方に違和感があったでしょうが、何とかこれで解消できたかと。(笑)
 感想を下さった方ありがとうございました。感想が私のやる気を満たせてくれます。
 では、次のSSでお会いしましょう。
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  1. 2006/02/06(月) 12:52:12|
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霧城昂

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