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手のひらの中の奇跡 -恭也視点 第八話

 ―4月13日―

 恭也視点 第八話










 彼女の言葉に耳を疑う。
 今、彼女は確かに、お前は人を殺した事があるか、と言った。
 俺は聞き違いか、と彼女の顔を見る。しかし、彼女の顔に冗談の色が含まれている訳でなく、それが事実である事を認識する他無かった。


 ――記憶が確かならば、人を殺めたことなど一度も無い……


 だが、ここで馬鹿正直に返すのもどうか、俺は考える。
 言葉どおり受け取るならばそれでいい。しかし、この質問は何か他の回答を求められているような気がする。例えば、俺の任務に対する覚悟をテストしているとも考えられる。もしくは、そうする必要があるかもしれない。
 無意識に握りこんだ拳が汗ばんでいる。彼女にそれを悟られぬよう、俺はゆっくりと開く。校舎裏に吹き込む風が汗ばんだ手を癒してくれた。


「あんまり時間もないから、さっさと答えてくれないか?」


 リスティさんは少し不機嫌な顔をしている――減点一……

 あまり考える時間はなさそうだ、そう思った俺は意を決し、答えることにした。


「人を殺めたことはありません。一度も……」

「――そうか。わかった」


 彼女はどこか納得したかのような顔を見せ、背を向ける。


「まき……リスティさん?」

「そろそろ予鈴が鳴る。君も教室に戻った方がいい」


 そう言うと、すたすたと背を向けながら歩き出した。
 彼女のあっさりした様子に惚けていると、数歩進んだところで彼女は足を止めた。そして肩越しに振り返り――


「あぁ、作戦については明日話すから放課後残っておくように。いいね?」

「は、はい……」


 再び彼女は歩き出し、その場を去った。
 一人残された俺は一人呆然とする。校舎でさえぎられ、日の当たらぬここは春というのにまだ肌寒い。脇に咲くしおれたタンポポの花があまりにも今の俺とそっくりで、何か言葉にしづらい気持ちでいっぱいだった。










 そして、人一人いようがいまいが時間は進んでいく。
 教壇では何時ものように先生が熱心に授業を進めている。だが、その声は俺の耳には全く届かず、俺の意識は当然の如く隣の席にいるはずの女の子に向けられるのだった。


 ――月村……無事だといいが……


 なんて矛盾。一体誰のせいで誰のせいでさらわれる事になった。もう少し頭を使え、高町恭也。


 ――確かに俺は守りきる事ができなかった……だが。


 では、何故月村忍はさらわれなければならなかったのだ。いい加減、気づいたらどうだ。彼女にさらわれる理由があったのか?


 ――そういえばそうだ……一体月村は何故……


 そう。考えるべきはそこだ、高町恭也。お前の目から見た彼女はどうだ。美少女という事以外はなんらかわらぬ女生徒ではなかったか? それならば彼女にさらわれる理由などなかろう。それとも、犯人は誰でも良かったのか?


 ――い、いや……それでは、待ち伏せてまでさらう意味がわからない。


 じゃあ、答えは一つだ。ほら、そんなに強く握ったら折れるぞ?


「―――ッ」


 何時の間にかシャーペンを強く握りこんでいた。俺は震える拳をゆっくりと開く。カランとシャーペンが手から離れ、机の上に転がった。
 高ぶる気持ちを抑えるため、周りに気取られぬよう深呼吸をすることにした。
 一つ……二つ。高ぶっていた気持ちが少しずつ治まっていくのを感じた。
 悟られていまいか、と前を見ると、先生は先程と同じように教壇の上で熱心に授業を進めていた――とりあえず、安心だ。


 ――しかし……


 先程まで考えていた事を思い出す。
 一体、何故月村はさらわれたのか。自ら考えたように無差別という事はおそらくない。理由はさっき考えたとおりだ。
 という事は、それがわかればこの事件の犯人が見えてくるのではないだろうか、と考えたところで、一つ重要な事を思い出す。
 リスティさんが何か気づいているらしい、という事。
 彼女は俺に協力を求めてきた。おそらくは俺は剣として彼女を守る役目だろう。それ以外、俺が役に立つことはない。方法はわからぬが、彼女は諜報にも長けているに違いない。事件のことについて何か掴んでいるはずだ。


 ――つまり、俺は余計な事は考えない方が吉か。


 この授業は、自らの不器用さにほとほと呆れる時間だった。











 何時ものように、昼休みの時間が訪れた。
 授業が終わった、特に何をする気も起きず、そのまま座っていた。確かに腹が減っているのは確かだが、今の俺には些末なことと感じられた。
 教室内の喧騒に耳を傾けてみる。何時もと違う自分の行動に少し新鮮さを感じる。
 黒板を吹きながら喋っている数人のクラスメイトは、昼休みに何をして遊ぶか、を話し合っているようだ。提案されるものの全てが球技である事から、彼らは昼休みの度にこうしてグラウンドで遊んでいる事がわかる。
 またある者は、昨日のテレビ番組について話し合っている。俺自信、あまりテレビには興味がないが、彼らが話し合っていた番組はそんな俺でもわかる有名な番組だった。

 周りにはらっていた意識を戻し、ゆっくりと目を開く。すると、目の前には赤星の姿があった。


「よ。どうした? 高町」

「いや……なんでもない」


 赤星は俺の無愛想な返しに慣れていると言わんばかりにまるで気にしない顔をしている。赤星は赤星で悩むことがあるだろうが、それを感じさせない穏やかな笑み。俺は素直にこの男を尊敬する。


「連日続いてた事件が、昨日は起こらなかったみたいだな。高町? 何かわかったことあるか?」


 先程の穏やかな笑みを消し、真剣な顔をして赤星はそう言った。


 ――昨日は起こらなかった……?


 月村の事について赤星は何も知らないらしい。それどころか、この人望のある男が知らないのなら、事件にすらなっていないようだ。俺はそのことに少し安心する。


「いや……俺の頭じゃさっぱりだ。お前も知ってるだろう? 俺の成績」

「成績は関係ないだろ? 案外お前はこういう事に向いてそうだと思ったんだがな」

「それは買いかぶりすぎと言うものだ」


 先程まで沈んでいた心が少し穏やかになるのを感じる。何も知らないこの親友と話すことで、少しずつ昨日の後悔を忘れさせてくれるようだ。
 自然と自分の口元が笑みになっていく。


「そうか。それじゃ、飯はどうする? 食堂はもう間に合わないっぽいから、パンしか無理そうだけど」

「――飯か。そうだな。今日はパンにするか」

「よし、じゃあ、早く行くぞ。なるべく好きなパンを買いたいからな」


 促す赤星にうなずき、俺は席を立つ。その時、視界の端にちらっと月村のいない席が映った。


 ――もう少し、待っててくれ……


 赤星に気取られぬように必ず助けてやる、と俺は誓った。握り締めた拳が初めて誰かを助けることに使われようとしていた。購買へと向かう最中、俺は自分の中の気持ちが高ぶるのを感じていた。
 そして、それはある種の不意打ちだったのかもしれない。


「あれ、赤星に高町くんじゃないか」


 突然かけられた声に俺たちは振り返る。そこには、プリントの束を抱えた生徒会長の姿があった。


「あぁ、佐藤。さっきぶりだな」

「その様子だと今から飯のようだな。食堂はもう間に合わんぞ?」

「大丈夫大丈夫。今日はパンだから」


 何故か俺にはその時、嫌な予感があった。それが何なのかまったくわからない。強いて言えば、佐藤の雰囲気がこないだより違って見えたのだ。


「で、どうしたんだ? そのプリントは」


 そう、それは俺も気にはなっていた。何故か佐藤は何枚あるのかわからないプリントの束を抱えているのだ。


「あぁ、ホントなら秘密なんだが、相手がお前らだし、どうせ後で知る事になるから教えておこう」


 佐藤は少しおどけた仕草でそう言った。そう言った姿が変に似合う男だ、と場違いな感想を抱いていた。


「完全に実施されるとは決まってないんだが、この学校内に学内ネットワーク環境を構築させようと思ってね。時代は情報化社会だ。ここで一歩でも先に進まないと取り返しの付かない事になるだろうから、生徒会の方で提案してみたんだ」

「へぇ……俺はパソコンのことについてはほとんど知らないからなぁ……高町。お前はどうだ?」

「聞く相手を考えろ」

「だな。妹のなのはちゃんはこういうの強いのに」

「――向き不向きと言うやつだ」


 本当にそう思う。俺となのはでは父さんから引き継いでいるものが何故か違う――不思議な話だ。


「へぇ、高町くん、妹いるんだ?」

「あぁ、年は結構離れてるがな」

「ほうほう……って、あんまり待たせるとパンがなくなるな。悪いな引き止めて」

「いや、いいよいいよ」


 爽やかな男二人に仏頂面の男が一人。周りからはどう見えているのか。少し気になる。


「じゃ、また今度話そう」


 そう言って、佐藤は持ちにくそうな束を抱えて去っていった。後輩とおぼしき人たちに挨拶をされている。やはり、生徒会長だけあって人望は並のものではない。


「高町、行くぞ」


 数歩先に居た赤星がそう言った。付いてこない事に疑問を思って振り返ってみれば案の定、というやつだろう、そう思うと俺は首を振り、赤星の下へ駆け足で近寄った。


 ――まさかな。


 この時期に別の生徒会の仕事とは少し不思議に思ったが、それ程忙しいのだろう、と結論付けた。










 俺はゆっくりと目を開いた。
 辺りは何も見えず、暗闇で支配されている。それはそうだろう、時間も時間だし俺が自ら電気を消したのだ。
 最近、いつもなら考えないどうでもいいことを考え込んでしまう。この年になって自分の中で何かが変わったのだろうか。自らを取り巻く環境がおそらくはそうさせているのだ、そんなどうでもいいことを考えていた。


「――――」


 少しずつ暗闇に目が慣れてくる。余り広くないこの空間の中で、俺は一人神棚の前で座禅を組んでいる。これは俺にとって余りに重要なことなのだ。
 組んだ手を外し、両の拳を握る。その手に持つものを想像し、眼前へとゆっくり持ってくる。拳をゆっくり開く。


 ――今、この手には何もない……


 自分の手のひらを見る。それは同年代の人たちと比べて、あまりに堅く、あまりに平穏を感じさせないものだ。
 人より堅いこの手のひらは、人より多くのものを持つことはできない。それは自分が一番良くわかっていることだった。


 ――この手で何がつかめるのか……


 その問いに答えてくれるものは誰も存在しない。
 手のひらから視線を上に向ける。うっすらと神棚が見える。そこに眠る人は一体その手に何を掴んでいたのか。あの偉大すぎる背中で何を背負っていたのか。


「――よし」


 俺は座禅を解き、立ち上がる。そして神棚に一礼をし、道場を出ることにした。
 外は少し肌寒く、空には何時もより多い星空が広がっている。


 ――待っていろ、月村。


 空に向かって改めて俺は決意をした。












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 ――あとがき――
 お久しぶりです、霧城です。
 更新が遅れてしまって申し上げありません。
 言い訳をさせてもらえるならば、この一ヶ月ずっと就職活動であちこちに飛んでいました。それでようやく今時間が取れて執筆を始めた、と。
 次ももしかしたら遅れるかもしれませんが、ご容赦を。
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  1. 2006/03/21(火) 22:11:20|
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霧城昂

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