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手のひらの中の奇跡 -リスティ視点第十一話-

 ―4月14日―

 リスティ視点 第十一話












 四月にしては少し寒い風がボクの体を襲う。それは今日の出来事を暗示しているかのようで、少し不快だった。ボクは運命論者ではない。理由は簡単だ。未来が決まってるのなら人は努力する必要はなくなる。それでは人生がつまらないからだ。だからボクはこうやってこの場にいることもボクが選んだ未来なのだ、と思うようにしている。そして、彼を選んだのもボクの意志なのだ、と。
 時計を見る。時刻は午前七時四十分。おそらく彼は早く来るだろうと決め付けてここ――校門の前でボクは待っていた。もしこのまま三十分も待たせるようなら彼という男の認識を少し改めなければならない。


 ――レディを待たせるなんてことしたら、説教だね。


 客観的に見れば、約束した訳でもなくこんなことを思っているボクは物凄く勝手に見えることだろう。だが、ボクはそれでいい。それでこそ何時ものボクなのだから。事が終わればこのことを耕介たちに話すことになるだろう。おそらくは彼がかわいそうだ、という言葉が返ってくることと思う。だからボクは耕介たちが好きなのだ。
 おそらく誰にもわかってもらえない――真雪だけは例外だろうが――この行動にボクは少し苦笑した。
 部活の朝練をするためにこの時間から登校してくる生徒は意外に多かった。彼らはボクの姿を見ると揃いも揃って学生らしい挨拶をボクに送った。ボクはそれら一つ一つに会釈で挨拶を返していた。なぜなら口はタバコでふさがっていたからだ。

 そんな風に彼を待っていると、やがて見覚えのある姿がボクに前に現れた。剣道部の赤星くんだった。彼は持ち前の爽やかな笑顔を浮かべるとボクに対してステキな挨拶を送ってきた。


「槙原先生。おはようございます」

「Hi。君は朝から爽やかだな」


 何気なく返したボクの言葉に、赤星くんは少し狼狽を見せた。思った以上に彼は純朴な青年のようだった。


「あ、いや、そんなことはないですよ」

「あぁ、他意はないんだ。すまなかった。行っていいよ」

「あ、はい。失礼します」


 赤星くんは少し慌てた様子で校門を潜り抜けていった。彼のような純情青年と話すのも女として大事なことだとボクは思っている。彼のような青年を鮮やかにからかってこそレディの証なのだ。そういうと何時もボクに反論をしかけてくる女医がいるが、ボクにとってはそんな反論はどうでも良かった。ボクがそう思っているんだから、それで良かったのだ。
 やがて、少しずつ生徒の数が増えてきた時、彼の姿――高町恭也がボクの前に姿を現したのだ。彼もボクに気づいているらしく、少し難しい顔でこちらの方へゆっくりと向かってくる。ボクはそんな彼の表情を和らげるために笑みを浮かべることにした。すると彼は難しい顔を和らげ、何時もと同じ落ち着いたような顔になった。


「意外と落ち着いた顔をしてるんだね」


 他の人はどうか知らないが、ボクから見れば一目瞭然だ。彼は落ち着いてなどいない。今日のことに対して余りに構えすぎている。だが、ボクがこう言えば彼はそう返すしかなくなる。彼にそう返させることで、彼を落ち着かせようとしたのだ。


「さて、どうでしょう」


 彼は表情を変えず、そう返してきた。これは少しボクにとって意外な返答だった。まさかこの状況で冗談を言える度量があるとは思わなかった。意外に彼はボクが思っている以上にステキな男なのかもしれない。
 ボクはここでの用件は済んだなと考え、加えていたタバコを携帯灰皿でもみ消した。


「ボクは次の授業があるから戻るよ。君もそろそろ戻ったほうがいい」


 携帯灰皿を懐に仕舞い、きびすを返す。


「なに、私は教師だからね」


 ボクらしくない言葉に言い訳をするように、最後にそういい残した。彼はそんなボクの言葉に虚をつかれたのか、何も返してこなかった。それはそれで、ボクにとって予想通りの展開だったのだ。
 校門からの少しの距離を歩き、校舎に辿り着いた。後ろを振り返ると恭也の姿は確認できなかった。何か考え事でもしているのか、どうやら校門から動いていないようだ。彼は少し考えすぎる所があるようだ。今度少し忠告をしなければならない。
 そう思いながら歩いていたせいか、近くにいた彼の姿に気づくことができなかった。


「槙原先生。おはようございます」


 声のした方へ向くと、そこには佐藤の姿があった。彼は何時もと違い重苦しい雰囲気に包まれていた。この男は十中八九犯人で間違いない。今日は彼の証拠を挙げるために強制捜査に踏み切る。このタイミングでボクの前に現れたということは何か裏があるのだろうか。そんなことを思わせる。


「Hi。どうした? 何かあったのかい」

「えぇ、再び学生が意識不明になりました」


 そう来たか、とボクは思った。それと同時に彼の言葉の裏を探ることにする。佐藤はこの事件の犯人でまず間違いない。だが、彼が犯人だとすればかなり矛盾の多い行動をしている。この報告もその一つだ。これでは必要以上に自らを目立たせているだけだ。犯人であればばれないように自らを目立たせることはしないはずである。一体、どういう意図でこのような行動に出ているのだろうか。後日彼から聞きだす必要があろう。


「そうか。事件は多くても、なかなか足を出してくれない犯人だよ」


 それは本心だった。越野の裏情報を聞かず、潜入捜査だけの情報だけ見れば、の話ではあるが、犯人は周到に計画を行っているようだ。意識不明というだけではただの病気の可能性が強く見られる。


「そうですか? 私はすでにアタリをつけてるんですが」

「――え?」


 意外な展開だった。ボクは彼の言葉に純粋に驚いた。意図はわかる。自分以外の犯人へと誘導させるためだろう。動かすことのできない証拠を偽装した上でボクにそれを確認させる――おそらくはそういうシナリオだ。
 だが、ボクが驚いたのはそういうことではない。今まで賢く犯行を重ねてきた犯人がひねり出した作戦としては余りに唐突過ぎたからだ。何故ボクにそれらしい証拠を見せてから報告しないのか。これでは余りに――


「――それは本当かい?」


 努めて冷静にボクは聞き返した。彼から見ればどのように感じたのかはわからないが、ボクとしては上出来な演技だった。その返答に彼はゆっくりと首を縦に振った。


「ですが、証拠がないので槙原先生にはまだお伝えすることができません」


 それはこの状況ではパーフェクトな返答だった。ボクより先に感づいているという不信感は残るが、彼の言動には一応の理由付けはできる。
 そこでボクは考える。彼が何故ボクに匂わせるような言動を取っているのか、と。彼はこの事件の犯人である。その犯人の心理から考えると、自分以外の人物を犯人にしたてあげようとしている行動だとわかる。そしてその前提の上で、彼はボクに対して布石を打っているのだろう。明日、もしくは明後日にはその布石が生きてくるような事件が起こるのだろう。しかし、それでも彼の行動としては辻褄が合わないのだ。


「拍子抜けしちゃったじゃないか。それはホントに怪しいのかい?」

「怪しいと言うよりむしろ――そうとしか考えられないですね」


 彼ははっきりとそう答えた。自らの手で行う偽装にかなりの自信を持っているようだった。それがボクには少しおかしかった。彼の道化を最後まで確認したいとも思った。だが、それはボクの立場的に許せることではなかった。


「わかった、わかった。ちゃんとした証拠が見つかったら、また教えてくれ」

「当然です。では――」


 彼はそういうとボクに背を向けて去っていった。ボクはため息をつき、彼とは逆の方向へ歩き出した。胸元から取り出したタバコは空だった。改めてため息をついた。


「お気をつけて」


 背筋に寒気が走った。ボクは振り返った。しかし佐藤の姿はなく、次の授業に遅れまいと廊下を歩く生徒たちしか確認できなかった。何時もの風景のはずの朝の廊下。だが、ボクはその廊下が少し恐ろしいものに見えた。佐藤のよくわからない言葉。それらが今日の出来事をまるで暗示しているかのようで――


 ――ボクは運命論者じゃないんだ。そう言っただろ?









 やがて日は暮れ、放課後となった。
 ボクは教師としての仕事を終わらせると、彼の待つ教室へと急ぐことにした。
 職員室を出るとそこは誰もおらず、真っ赤な廊下が広がるのみだった。それに少し見とれると、ボクは彼の元へと歩き出した。コツコツと響く足音と、遠くグラウンドから聞こえる生徒たちの掛け声がこれから始まる出来事と比べるとミスマッチだった。
 階段を上ろうとしたところで、ボクの携帯に着信が入った。恭也の元へと急ぎながらそれを取ると、相手は越野だった。


「どうした? 今更とめるのかい?」

「いや、そういう事じゃない。お前に少し言っておきたくてな」


 気をつけろ、などと優しい言葉でもかけてくれるのだろうか。それを想像し、彼にまったく似合ってない事を確認すると自然と笑みがこぼれた。


「じゃあ、なんだい? 今急いでるんだけど」

「簡単な用件だ。いいか?」

「Noと言っても言うんだろ? 早く言えよ」


 それもそうだな、と彼は言った。咳払いを一つした後、彼はこう言った。


「今日の強制捜査。穏便に終わるはずだから、あまり騒ぎにするな」

「どういうことだ?」


 彼の言葉の意味がわからなかった。穏便に終わるなどと、どういう根拠で彼はボクにそう伝えたのだろうか。犯人たちの心理から考えてもまったく理解できなかった。


「行ってみればわかる。ではな――」


 そういうと越野は電話を切った。意味のわからぬままボクは携帯電話をしまった。
 彼の口ぶりでは荒れることなく穏便に終わるとのことだ。犯人たちが自分から告発でもするのだろうか。今更そんなことをする理由がまったくボクにはわからなかった。
 そんなことを考えていると、いつの間にか彼の待つ教室の前まで来ていた。ボクは考えていたことを中止し、深く息を吸い、吐いた。


 ――今はこの時間をね……


 これから先の不安はあったが、彼と行動できることに不思議とボクの胸は高鳴っていた。










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 ――あとがき――

 久しぶりの更新です。
 読んでくださり、ありがとうございました。
 各地で色々なものを書いていたので、更新がめっきり遅くなりましたね。
 と言う訳で、久しぶりの「手のひらの中の奇跡」です。
 楽しんでいただけたでしょうか?
 もうすぐクライマックスです。
 では、失礼いたします。
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  1. 2006/11/09(木) 15:26:33|
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